コーランとは?イスラム教の啓典クルアーンの内容を要約

コーランの基本的な内容をイスラム教徒の私が理解して要約

神の経典の一つとされるコーラン。預言者ムハンマドによって伝えられた神の言葉を、一冊の本にしたものです。

正確には、クルアーンという呼び名の方が正しいのかもしれません。なぜなら、アラビア語で"クル"は「読め」という意味だからです。

「読め」

と、預言者ムハンマドは洞窟の中で、最初のアッラー(神)からの啓示がありました。その時、ムハンマドは何を「読む」のか分かっていなかったのです。ですが、ここから確実にイスラムは始まりました。

預言者ムハンマドとの関わり合い

コーランは、まず預言者ムハンマドについて知る必要があります。後の彼の生い立ちを知る事により、より一層クルアーンが預言者ムハンマドの時代や彼の性格・思想に結び付いている事が分かるからです。クルアーンは、大きく分けてマッカ編とマディーナ編に分ける事が出来ます。

・マッカ編

ムハンマドが預言者になりたての頃に、神であるアッラーから受けた啓示がまとめられています。

・マディーナ編

多神教徒によって預言者ムハンマドは迫害を受け、マディーナに移り住んだ頃の事がまとめられています。

マッカ編が最初という頃もあり、イスラームの基本的な事が説かれています。たとえば、アッラーについてや信仰の重要性など。マディーナ編は、私達の生活について具体的に説かれる事が多くなっていきます。これは、預言者ムハンマドがマディーナに移住した際、マッカの土地を離れたイスラム教徒達を多く抱えていた事が要因にあると思われます。家も財産も放り投げてきた彼らを、マディーナのイスラム教徒達が受け入れるように「イスラム共同体」という概念を生み出したのです。

皆、イスラム教徒は兄弟。この考え方がベースとなって、イスラム共同体という思想が生まれ、クルアーンの内容もより濃くなっていった、と私は考えています。そして、コーランはマッカ編が後ろから始まりマディーナ編が最初のページから始まります。なので、クルアーンって、実は最後のページから読む方が短い章が多く理解し易いんです。

コーラン(クルアーン)とは?

西暦610年のラマダーン月、アッラーは天使ジブリエールを通して預言者ムハンマドに最初の啓示を下されました。それは、次のような御言葉でした。

読め、 「創造なされる御方、あなたの主の御名において。一凝血から人間を造られた。」

読め、「あなたの主は、最高の尊貴であられ、筆によって(書くことを)教えられた御方。人間に未知なることを教えられた御方である。」

(凝血章第96章1~5章)

神であるアッラーから、預言者ムハンマドに何回にも渡ってアラビア語で下された啓示。それが、世代から世代へと途切れることなく伝え書き残され、書物としてまとめられたもの。その集大成が、コーラン(クルアーン)です。

啓示とは、アッラーが人々に伝えようと望まれたメッセージを、直接もしくは天使ガブリエルを通して預言者達に伝えられたもの。預言者ムハンマドは23年もの間、クルアーンを自らに啓示通りに章句として人々に伝え、それを常に記録者に書き留めさせ、また暗唱者に暗記させました。

さまざまなものに書き留められていた章句。それは後に、親友であり、第一代カリフでもあったアブ―・バクルの時代に一冊の本としてまとめられたのです。そして第三代カリフ、オスマーンの時代にその本は書き写され、イスラーム諸地域の様々な都市に送られました。

預言者ムハンマドの時代から現在に至るまで記述と暗唱によって伝えられてきたクルアーン。それは、諸啓典のうち神から下されたままの形を保持している唯一の啓典として知れ渡ったのです。一番最初の冒頭でも触れましたが、「コーラン」と「クルアーン」。どちらも、間違いじゃありません。元々、クルアーンもアラビア語がから来てるものを無理やり日本語表記にしいているようなものなので。なので、私自身も「コーラン」と言う事もあれば、「クルアーン」と書く事もあります。

コーラン(クルアーン)の特徴

まず、人間が作り出せるものではないという点です。イスラームの教えの信条やイバーダート(崇拝行為)の啓示、道徳や法に関する多くの決まり事が示されています。アッラーの唯一性、アッラーの特質、来世での生、天国や地獄についての説明も記されています。

さらにクルアーンは、過去の歴史的・社会的出来事を含む挿話なんかも伝えています。人々に教訓を与え注意を促すために。クルアーンは人々に公正に振る舞い、アッラーを畏れ罪から遠ざかることを命じ、人々に教訓と導きを与えています。

クルアーンはまず人々にタウヒード(神の唯一性)を呼びかけています。タウヒードとは、アッラーだけを知り信じる事です。タウヒードを知る事が出来るように、クルアーンではその証明がいくつもされています。そして、アッラーによる世界の創造とこの世界における均衡を深く考えるよう、人々を導いているのです。人はこの導きによって、万物が単純な次元から形成されているものではない事を知ります。

また、クルアーンから人の理解を超えた次元から物事を考えるようになれる事を知るのです。クルアーンにおいて生とは、私たちが生きている現世だけのものではないんです。実は、死によって終わりを迎える事なく、来世においても永続するものと説かれているのです。そして来世における生を獲得できるか否かは、人の現世における行いに左右されます。

アッラーが望まれ信者の義務とされている崇拝行為であるイバダート(崇拝行為)や宗教上の行為を実践する事。そして、アッラーが望まれず禁止されている事であるハラームを避ける事が、クルアーンにおいて幾度となく明記されているのはこのためです。こうした行いによって、人やその集団は現世と来世の幸福を得る事が出来るのです。

何故コーラン(クルアーン)が重要?

「ってか、コーランってそんなに凄いの?」

はい、凄いんです。最初にも書きましたが、コーランはアッラー(神)からの言葉です。聖書もそうと思われている方もいるかもしれません。しかし、どちらかというとイエスが何を行ったかなど、物語的な要素が強く、「これが神からの言葉」という要素は、実はイスラムの方が濃いのです。

あと、多くの方は意外と思われるかもしれません。実は、イスラムはイエスの存在は否定していません。コーランの中でも、イエス・キリストの存在は出てくるんです!なので、キリスト教とイスラム教の違いは神と預言者達の捉え方の違いだけなんです。

イスラムにおける神と預言者の捉え方

イスラムでは、イエスに関して神の子という明記はありません。ムハンマドも、神の教えを伝える存在なだけで、神の立ち位置に付く事はないです。イエスも、ムハンマドも不思議な力は使えましたが(例えば、川をぶどう酒にしてしまうとか、目が見えない人の目を治癒してしまうとか)、だからと言って、ムハンマドは神の存在に並ぶ事は出来ないのです。

キリスト教における神と精霊、イエスの三位一体

キリスト教では、神・精霊・イエスは同等の立ち位置として存在しています。これが、三位一体です。精霊に関しては奥が深そうなのですが、私自身がその説明を出来るだけの知識を持っていません。大学がキリスト教系の大学だったので、こういう浅い知識は教わったのですが。しっかりキリスト教を勉強なさってる方に、詳しくは聞いた方が早いかもしれません。

コーラン(クルアーン)の解釈方法

クルアーン。これをただ読んだだけでは、正直意味がよく分からない部分も多いです。私も、最初読んだ時に分からな過ぎて戸惑いました(笑)

それ程までに解釈が難しく、コーランの法学者が何人もいるくらいです。なので、実際のクルアーンに載っている1章を例にして、どのような解釈をするのか一緒に見てみましょう!

言ってやるがいい、 「彼はアッラー、唯一の御方であられる。 アッラーは自存され、生まないし、生まれたのではない。 彼に比べ得る何ものもない。    

(純正章第112章1~4節)

アッラーの属性が、ここに数語で示されています。

  1. アッラーは、崇高な我々の一般的概念を越えた存在であられる。

    イスラームでは、我々が理解し易くする為、アッラーを一人格、われかれと代名詞を用いて、その働きがわれわれの親近者から来るかのようにし、単なる抽象的な概念によらないのである。かれはわれわれに誰よりも近くおられ、不断に監視なされ、日常の心身生活は全てかれに負う。

  2. かれは唯一なる御方で、われわれが仕えるべきアッラーである。

    他のあらゆるものはかれの創造物に過ぎず、かれと対比できない。

  3. かれの存在は、永遠であり、始めもなく終りもない絶対者である。

    そしてあらゆる実在するものは、かれの反映にすぎない。

  4. かれが子を持ち、父になられる事を考えてはならない。

    それはかれの属性の中に動物的資質を持ち込むことになる。

  5. われわれがかれの属性及び偉力に比べ得る何ものもないのである。

ちょっと、解釈が小難しい気もしますが・・・・^^;

つまり、神であるアッラーを、「われ」と「かれ」という代名詞によってコーランの中では記してますよ。という意味合いです。こんな短い章でも、これほどの意味の解釈を付けて読まれるコーラン。だからこそ、コーランを勉強する事に意義があるのです。

コーラン(クルアーン)の歴史

それとコーランに関しては、今まで一度も省略や付加、改変も行われていません。これは、ほとんどのムスリム(イスラム教徒)の人達が自慢げに話す内容なので、これがイスラムにおける誇れるべき長所です。また、イスラムではコーラン同様にスンナ(預言者ムハンマドの慣行)が重要な読み物とされています。

そもそも、コーランはどういう風にして作られたのでしょうか?預言者ムハンマドは、生きている間に教友の中でも最も優れた者たちに、彼に下された啓示を書き留めるよう命じました。そして彼に啓示が下るたびに、彼はそれをどの章のどの箇所に書き留めるかを正確に指示し、教友たちがそれを命令通りに書き留めたのです。

また、コーランは書物として保存されると同時に、ムスリムの心の中にも暗記という形で維持され続けました。ムスリムはアッラーの書に特別な敬意を払っています。その例として、コーランを地べたに置いてはいけません。ちゃんと台のある所か、机の上などに置かなければいけないのです。

それほどまでに、このコーランをイスラム教徒の人達は敬っています。このアッラーからの教えを教授し学習する事において、互いに競い合うようにして努力するのです。これも全て、ムハンマドが約束した来世での報奨の為なのです。

「あなた方のうちの最善の者は、 クルアーンを学び教える者である。」    

(アル=ブハーリーの伝承)

この言葉にもあるように、ムスリムはコーランに奉仕し、配慮し、またその暗記のために時間と財産を惜しみなく費やします。こうして、世代から世代へと、コーランを受け継いでゆくのです。


参考著書

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