DVにも繋がる?共依存恋愛カップルの5つの特徴

共依存恋愛について

あなたは恋をすると、何故かダメ男を好きになってしまって恋愛が苦しくなったりダメになったり・・・・・。そんな経験はありませんか?実は、ダメ男を好きになるのには法則があります。 恋愛でお悩みのある方に、必見の内容です。それでは、見て行きましょう。

共依存とは?

「愛情という名を借りて相手を支配する」 「不幸でいながら離れられない関係」 共依存の状態を端的に表すと、このような2つの表現になります。

例えば、アルコール依存症の夫は、妻を困らせて相手を支配します。その一方で、妻はその夫を心配して世話をすることで支配をします。一見、その妻は支配されていないかのように見えますが、 「私がいなければ、あの人は生きていけない。」 「相手を変えさせたい。」 そういう思いは、相手を支配する欲求へと繋がります。

こういった関係性を「共依存」と呼びます。何も、この関係性は、アルコール依存症に限った話ではありません。どちらか一方でも、相手を支配する関係性が生まれた場合、その関係は共依存となるのです。

先ほどの例に戻ると、アルコール依存症の夫を妻が世話し、面倒を見ると、夫はお酒を止めたり、減らしたりするでしょうか?おそらく、もっとひどくなるでしょう。「私しか彼を救えない」と思って行った事が逆効果となり、夫のアルコール依存症をもっとひどくしてしまうのです。 イギリスの社会哲学者ギデンズは、こう定義付けます。 共依存の人とは、

「自己の欲望を他者の欲望によって定義する人」

のことであると。

つまり、 「他人に必要とされる必要に駆られているうちに、自分が本当に必要としているもの(欲望)が見えなくなってしまった人」 のことです。

日本社会で一番分かり易い例があります。それが、子供の子育てです。夫に対しての世話をするよりも、子供に対しての世話に没頭する母親は多いのではないでしょうか?こうした母親は子供を生き甲斐にし、自らの期待によって縛ります。この縛りから抜け出ようとすれば、子供は非行や引きこもりなどの「期待はずれ」を演じなければならなりません。一方、縛りを受け入れた子供は、自己の欲望のわからないロボット人間みたいになってしまい、多くが次世代の仕事依存症者とその配偶者となってしまうのです。

共依存の原因

共依存の多くは、アダルトチルドレンにあると言われています。小さい頃に、多くの人は家族から愛情を受けます。その成長の中で自分の存在価値を認識し、自己肯定感へと繋がって行くのです。

ですが、その愛情を満足に受けれなかった人は、自分に自信が無い自己肯定感の低い人格へとなる傾向があります。

共依存を生み出した歴史

戦後、欧米の育児法が入ってきて、日本の育児に新風を吹き込みました。欧米の育児法は、夫婦あっての育児でした。

ですが、日本では夫を抜かして母と子供だけにしてしまいました。何故そのようになってしまたのかは分かりませんが、結果的に父親は育児責任が無くなり、夫婦関係の軽視となったのです。 欧米の両親の愛情関係の維持による育児と日本とでは、前提が全く違うのです。

結局は、戦前の家父長制での母子の密接なつながりと連続してしまうことになったのです。 そして、現在の日本。ワーカホリック(仕事依存者)の父親は、企業という家族に生き、自分の家庭内では存在が薄くなる一方でした。そして、父親不在の中、母子関係が家族を支えるという母系制の復活さえ見せています。母親が全権力者というような家族は珍しくありません。それもこれも、育児における夫婦関係の軽視から来ています。

つまり、夫婦関係の維持が重要なのです。夫婦が会話し、情緒を通わせているかどうか。男女が愛し合う事が出来ることを、子供に示しているかどうかが大切です。

夫婦関係の共依存

子どもに何をしたか、子どもに何を与えたかではなく、子どもに「何を見せたか」に敏感になりましょう。どんな夫婦のドラマを子どもの前で繰り広げたか。どのような夫婦の会話を聞かせたかが、何より大切です。子どもは両親が繰り返すパターンを観客として見ています。

ある子どもは人生のとても早い時期に、「男女の愛とは支配の繰り返しだ」という認知をインプットします。結婚とは母のように耐えることだと思って成長する娘もいます。そして絶対に繰り返すまいと心に誓うのに、選んだ男性との結婚生活が、母の繰り返しになっているという事が多いのです。

この話は、何も子供だけの話ではありません。夫婦関係も、連鎖を経て共依存の関係へと繋がっているのです。

例えば、妻が子供の事で相談しようとします。すると、夫は「専業主婦なのに何をやっててるんだ」と知らんぷりを決め込みます。妻に母親を求めているのです。それでは、夫は母親から、そうしてもらっていたのか?というと、実はそうではないのです。その夫は、自分が成長する時に、ある意味で母親を守っていたのです。ひどい父からつらい仕打ちを受けた可哀想な母を思い、母の思い通りに生きてきました。

つまり支配されていたのです。 結婚したことによって、支配されていた立場から初めて自分の思い通りになる妻を手に入れたのです。なので、母親をやれ、妻をやれ、娼婦をやれ、子供の教育係をやれ、と支配をします。俺は嫁いでいるのだからと威張ることに快感を覚えるのです。

これは、繰り返しす事の怖さです。連鎖反応は、自分が過去に経験していないことを新たに行動する、ということが、いかに人間には難しいかということを表しています。親に殴られて育つと、自分も親になった時、子供を殴るというようなことをしてしまいがちなのです。 人は過去に意味不明の苦しみを受けると、その意味を確認するために同じようなことを繰り返すことがあります。

しかし、「人はなぜされたようにしてしまうのか」という問いに対する明らかな理由はまだ分からない部分が多いのです。 だから、されたことを繰り返すまいという「自覚」こそが大切なのでしょう。

作られた自己肯定感の低さ

共依存の人は、自分の事よりも他人の面倒をホントによく見ます。なので、何でもしてくれます。この性格は、生まれつきではありません。これは、「つくられてきたもの」なのです。つくられてきたので、もちろん、変える事も出来ます。私たちは生きて行く中で、親との関係を築きます。生き延びるための「自分」を作り上げるのです。それは「そうするしかなかった」のです。

共依存の人達は生育歴の中で「自分より他人」と思う事で、家族に適応して生き延びて来ました。その家族はおそらく不幸で、子供として居場所を感じられなかったのです。 「私が悪い子だから」 「お母さんを救えない私は悪い子だ」 お父さんがアルコール依存症などで夫婦喧嘩が絶えない家庭では、お父さんが暴力をふるっている間、子供は自分を責めています。こういう子どもたちの生き残る手段は、わずかです。親から見て邪魔にならないか、役に立つ子か、自慢の子か・・・・・。

このように、生きてきた中で「私は悪い子」とする自己評価の低い人が、他人のために生きることで唯一、周囲から認められることが出来るのです。「必要とされる必要」を満たす事が、唯一自分の存在価値を満たす方法だったのです。

なので、共依存=悪などとは考えないでください。そのような関係の持ち方が、自分が生きるには必要だったことをまず認めることです。そうすることで、「じゃ、それを変えるにはどうしたらいいのか」ということも見えて来ます。

母親に依存する息子

「あなたのために」 「あなたのことが心配で」 など、愛情という名を借りて子供を支配していくのが、親子の共依存です。

日本の場合、母親が 「あなたを愛している。」 という正論で、静かに支配していくケースが多く見られます。 そのタイプにもいろいろあります。子供に高学歴・高収入の道を歩ませるために、子供に何でもする親。これは、母親が子供に対して理想の道を歩ませようとしているのです。また、父親の暴力に耐え、弱々しくも優しい母親。「あなただけが頼り」と言い、子供に「私が支えなければ」と思わせるのです。

この2つタイプ、まるで違いますが、どちらもしっかり子供を支配する共依存です。共通点は、自分の人生を生きず、自分の不幸を子供を通して挽回しようとしているのです。 子供の世話を異常に焼き、理想どおりに育てた後も、親は支配を止めません。 「子供のために」 と、子供が何歳になろうと離れようとしません。そんな状態から唯一脱却する方法。それは、親が子供から離れることだけなのです。 つまり、息子の人生を息子に返して行く事が、問題解決の第一歩という事が母親にはなかなか分かってもらえません。なぜなら、それくらいに勘違いの「親の愛」は強いのです。こういう人達は、その「親の愛」で息子を立ち直らせる事が出来ると思ってるのです。

共依存カップルの特徴

筆者ひもくみも、共依存恋愛にハマってしまった内の一人です。元カレにアゼルバイジャンの人がいるのですが、彼との恋愛がまさしく「共依存恋愛」でした。DVやアルコール依存症ほどの重症ではなかったのですが、「相手への支配」は、まさしく共依存でした。実体験を元に、共依存カップルの特徴を見て行きたいと思います。

自分にはこの人しかいない

アゼルバイジャンの彼との出逢いが、そもそもFacebookという時点で不安定でしたが、彼はとても嫉妬深く切れやすい男性でした。そんな彼にコンタクトを一方的に音信不通にさせられる事もしばしばありました。そんなひどい事をされていたのに、私はめげずに彼にコンタクトを取り続けていました。そして、いつも彼の機嫌が直ると、彼は私に弱さを見せてくれるのです。

そこで、いつも私は「自分には、この人しかいない」「この人の人生を変えられるのは、自分しかいない」と思っていたのです。そう思って、彼は一度も変わる事はありませんでしたが。

過剰なまでに相手に尽くす

彼が切れて、いつも私のコンタクトをブロックした時。私は毎日欠かさずメッセージを入れたり、ビデオメッセージを作っていました。また、彼が欲しいと言った情報は何でも用意していましたし、彼の時間にいつも合わせていました。

唯一、金銭的には尽くしていなかったので、時間は損したかもしれませんが、お金の面で損をしなかっただけまだ救いかもしれません。ですが、相手は特に私に何もくれませんでしたが、私の方が何故か過剰に尽くしてしまっていたのです。

不幸な関係を続けてしまう

友達や家族にも反対されていた仲でした。なのに、私はこの関係性をどうしても止める事が出来ませんでした。この関係を終わらせると、自分の居場所が無くなってしまうような寂しさを感じたり、何だか自分自身も否定されるように感じてしまったのです。

なかなか終わらせる事が出来ませんでしたが、彼が他の女性と仲良くしているところを目の当たりにし、妹の強い勧めもあり、何とか彼のコンタクトをブロックして終わらせる事が出来ました。

しかし、その断ち切りまでにとても苦労しましたし、その関係性の間は、私は何故不幸なのか分かっているようで分かっていませんでした。 別れてから、冷静になり、この共依存恋愛を知る事になり、あの彼との付き合いは不幸であったと理解したのです。

共依存チェックリスト

あなたが共依存であるかどうか。それを簡単にテスト出来るサイトをご紹介します。まずは、簡単にあなたが共依存の状態に陥っているのかを見てみましょう。

心理テスト形式で診断

アンケート形式で診断

共依存の克服方法

ひもくみも、この共依存チェックを行ってみたのですが、今では共依存の傾向が皆無です。過去に共依存恋愛をした経験がある私なだけに、一体どのように共依存から克服したのでしょうか?

克服方法として、カップルにおける共依存との向き合い方を紹介しているサイトさんは多いのですが、そもそもこの共依存の根本的な原因である自分に対する自信の無さ。これが、解消出来れば幸せな恋愛への第一歩だと考えました。

宗教を通じて依存からの脱却

私は、ここでも何度か紹介させて頂いたのですが、イスラム教徒です。イスラム教徒になる前から、高校生の頃から自分は宗教の必要な人間だと思っていました。

自己肯定感の低さ・傷付き易いもろいハート。その自覚があったので、何か自分の中で支柱が欲しい。そう思って自分に合った宗教を大学時代から探し求めていました。その理想となったのが、たまたまイスラムだったという感じです。

イスラムだけではないと思うのですが、宗教は人を自律させる方法を解いているものがほとんどです。依存からの脱却の為に、自分自身の生活のコントロールを徐々に学びました。アルコールはもちろん、その他依存に繋がるものは全て絶つ事になりました。神を信じるにつれ、そういった依存物が必要なくなっていくのです。

ですが、私の場合困った事に神を信じること=依存となってしまった時期がありました。この問題も、自分の宗教、イスラムを通じて徐々に自分自身が強くなっていき、神への依存という形ではなくなりました。おそらく、この自分の強さ=自己肯定の高さは、宗教だけではない要素も絡んでいます。

幼少期の愛の取戻し

イスラムと関わるようになってから、イスラム教徒の人達との関わりも多くなり、その中のコミュニティ参加も多くなりました。その中で、一組のエジプト人家族と特に仲良くなりました。彼らは、本当に私に対して親切で、その両親と姉妹にとても好かれました。特に、その母親は、私をその姉妹の内の1人として扱ってくれて、どこへ行くにも私を連れて行ってくれました。

その体験が、仕事ばかりで母と遊んだ記憶の無かった私を変えたのだと思います。 何でもないような事かもしれませんが、一緒に公園に行って姉妹でブランコをして、その後にお母さんの美味しいご飯を食べる。 そんな普通の事を体験して、その家族から愛を感じて一緒に過ごしました。

その愛が、私を強くしたと思います。

愛されてる。

その実感が、私に安心感と強さを与えてくれたのです。

成功体験の積み重ね

少しの事でも良いので、何か達成出来る計画を立てて、成功体験を積み重ねる努力をしました。その体験が、自己肯定感を高めたのだと思います。計画は、必ず逆算して立て、必ず成功出来るようにしました。今でも、この成功方式は活用しています。

この成功体験は、本当に自分の自信に繋がりました。 アダルトチルドレン・共依存の特徴として、現実逃避をして、理想と現実に距離がある事がしばしばあります。これは、私も経験した事があります。現実がなかなか直視できず、いつも計画が上手く行かずに失敗してしまうのです。

現実を見れないのは、自分に自信が無いということ。自分に自信があれば、自分だけではない周りが見れます。そして、冷静に、かつ客観的に自分と周りを考える事が出来るのです。

いかがでしたでしょうか? 最後に、このお話で締めくくらせて頂きます。

愛し過ぎる女たちは、「私がついていていないとこの人は駄目なの」という、ちょっと弱々しくて、人の助けを必要としている男性を選びます。そういう支配し易い男性を夫に選んでおきながら、「私は男運が悪くて苦労ばっかり」と嘆くのです。 「私がいないとあの人は駄目になる」という感覚は決して苦しいものではありません。

むしろそれは「私がいるからあの人は生きられる」ことなのです。これは、他人の人生を自分がまるまる支配できるという、この上もない快感に満ちています。 ですが、その快感は本当の意味での幸せではありませんよね。本当に幸せな恋愛をしたいと思うあなた。どうか、今回の共依存恋愛について深く考えてみて下さい。私もあなたの恋愛の幸せを願っています。

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