トルコで有名!ホジャおじさんとは?

トルコで有名!ホジャおじさんとは?

このおじさんは、トルコで有名なおじさん、ナスレッディン・ホジャです。日本で言うと、とんちを利かした一休さん的な立場の人です。何か、この絵のホジャ、ちょっと暗くなってて怖い気もするが(笑)

トルコでのナスレッディン・ホジャの評判

因みに、トルコの人達はこのナスレッディン・ホジャの事をよく知っています。中国のウィグルとトルコの間で、このホジャの話はどちらのものか言い争っているらしいのです。中国、キルギスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタン、イラン、アゼルバイジャン、そしてトルコをシルクロードで渡り歩いたとされているナスレッディン・ホジャ。なので、その地域間で、ホジャの取り合いが多少行われているのでしょう。トルコでは、コンヤという都市に辿り着いてたらしいですよ!

また、ナスレッディン・ホジャについて、実在の人物と言い張る人と架空の人物と言い張る人に分かれています。私のトルコ人の友達は、架空の人物派でしたけどね。未だに、本当にこういう人物がいたのかは分かっておりません。

ナスレッディン・ホジャについて

気さくな、良いおじさんだったそうです!この絵本の中で、私が気に入った話をいくつか載せたいと思います。 結構、現代の私たちにも共通する教訓で面白いんですよ?

因みに、このタイトル。実は間違えてます(笑)と言うのも、実はホジャ。トルコ語では「先生」という意味らしく、本当はナスレッディンおじさんと言うのが本当の使い方。なので、今回のこのホジャおじさんは日本語で、「先生おじさん」という意味の分からないタイトルに!それを直す事も出来るのですが、私はあえてしません。

何故かって?それは、ホジャおじさんの方が、何かしっくりタイトルに来るし、語呂合わせが良いから。実際、「ホジャおじさん」で検索して来る人もいるので、それで来た方は、

「あ、自分も間違えてたんだ!」

という発見と共に、今回のナスレッディン特集を楽しんで貰えればと思います。

*元にした本は、東京ジャーミイ・トルコ文化センターからのプレゼントです。

ロバに後ろ向きに乗るホジャ

弟子を連れて散歩に出かけたホジャが後ろ向きに乗っているので、弟子たちがいぶかると、ホジャは言ったんですとさ。

「この方が君たちと話がしやすいじゃないか」

ロバに後ろ向きに乗るホジャ

この話から、ホジャの常識破りの発想が見られますよね。とんちが利いた人達って、常識では考えられないような発想をしますよね。常識破りな発想が出来る人って、やっぱり賢い人達だと思うんです。というよりは、天才に近いのかな。

天才は、今まで私たちが考え付かなかった事、ものを発想、または発明するから天才なんです!なので、ホジャのこの小話から、ホジャは親しみやすい天才なんだと、私なんかは感じております。

ホジャの金持ちに対する嫌味

断食月のある日の夕方、ホジャは近所の金持ちの家から食事に招待されました。ホジャは普段着のままでその金持ちの家に出かけて行きました。ところが誰もホジャに見向きもせず、相手にもしてくれません。そこで、ホジャはすぐに家にとってかえすと、今度はお祭り用の晴れ着を着て、再びその金持ちの家に出かけていきました。立派な服を着込んでやってきたホジャを見た金持ちの家の人たちは、うやうやしい態度でホジャを家の中に招き入れ、食卓の一番良い席にホジャを案内しました。そして、次から次へと美味しいご馳走を運んできたのです。ほかのお客たちも、ホジャが食事を始めるのを待っている様子です。そこでホジャは、いきなり自分の上着のそでをご馳走が盛られている皿の方に近付けて、スプーンでご馳走をすくって上着のそでに放り込みながら、

「さあ、私の上着よ、食べろ」と言いました。

食卓についていたほかの客が驚いて、口々にホジャにたずねました。

「ホジャさん、何をなさっているんです?」

すると、ホジャはすました顔で言ったそうです。

「どうやら、招待されたのはわしではなくて、上着のようですからな。食事も最初に上着に食べさせなければなりますまい」

ホジャの金持ちに対する嫌味

「人を見かけで判断してはいけない」という事を、ホジャは皮肉を込めた行動で私たちに伝えていますね。今でも、このお話は通じると思います。皆さん、人を見た目で判断してはいませんか?

私も一度、みすぼらしい恰好で高級店に一回行ってみたいんです。そして、どんな扱いをされるか見てみたい(笑)その後に、本当にリッチな格好をして行った時に果たして店員さんは、私にどんな態度を取るのだろうか?そんな、しょうもない実験をしてみたいという願望を抱えながら日々過ごしてます。

人は、見た目で判断しがちです。特に第一印象なんかは、ほぼ見た目で決まると言って良いでしょう。心理学の分野でも、それを証明してくれています。

皆が皆、人を見た目で判断せず、その人の個性や心で判断できるならば、差別や偏見という文字は、生まれて来なかっただろうに・・・・。と、思ってしまいます。

いかがでしたでしょうか?ホジャの行動には、私たちを笑わせてくれたり、深く考えさせる何かが隠れていたりしますね。トルコ人の友達がいるあなたは、いつかまたナスレッディン・ホジャについて知っているかと尋ねてみても良いかもしれませんよ。すると、きっと彼らは「知っている!」と答えるはずなので(笑)そんなナスレッディン・ホジャについてのお話でした!

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