アウシュヴィッツ強制収容所でのリアル過ぎる実体験談。

アウシュヴィッツ強制収容所でのリアル過ぎる実体験談。

アウシュヴィッツ強制収容所。皆さんも、学校の歴史なんかで聞いた事ありますよね?それか、あなたは学校のレポートの調べ物の為に、ここに来たかもしれません(笑)

ここでは、2つのアウシュヴィッツ強制収容所に関する作品をご紹介したいと思います。

アウシュヴィッツ強制収容所の真実

まずは、『アウシュヴィッツの「囚人」 6804』という著書からいかにアウシュヴィッツ強制収容所での体験が悲惨だったかを伝えていければと思います。この本自体、あまり有名ではありませんが、私の大学生時代の著書の中で、とても印象に残っている本です。

アウシュヴィッツの「囚人」 6804

地獄の中の死因

この悲惨な強制収容所で多くの死因となったのは、意外にもチフスでした。私たちは、ガス室のイメージが強いので、ガス室でユダヤ人たちは死んでいった。そう考えがちです。第二次世界大戦中のアジア侵略していた日本兵と同じように、病気で死んでいった人達も多かったのです。チフスにかかると、ほぼ「死」が確定したも同然です。アウシュヴィッツでは、治す道なんか決して無かったと安易に想像出来ますよね。

もし仮に病気を克服するチャンスがあったとしてもです。病院で行われる選別。それによって、ガス室送りになるかもしれませんでした。あるいは、心臓へのフェノール注射で殺されるかもしれませんでした。

強制収容所の真の目的

IGファルベン。どうやら、この企業を抜きにしてあのナチス時代を語る事は出来ないようです。 この企業は、化学産業を独占した企業です。Wikipediaでは、このIGファルベンは、「現存しないドイツの企業」と表記してありました。

この企業の医学的実験の為に、強制収容所でユダヤ人たちは「使われた」と言っても過言ではありません。どうやら、IGファルベンが、ナチスの親衛隊の医者たちに薬品投与実験をさせていたらしいのです。しかも、その薬品投与実験は暗号名で扱われ、被験者達はまるで実験用モルモットのような扱いをしました。

アウシュヴィッツの「囚人」 6804』より引用すると、

人体実験に使われた囚人たちの死亡率は40%に及びました。病院に雇われていたポーランド人医師達の諜報活動のおかげで、アウシュヴィッツ収容所、また (後で明らかになった事には)他のナチス強制収容所でも、ドイツの製薬会社のための大規模な実験施設が作られている、という情報が、地下活動家たちにもたらされました。ポーランド人医師で囚人でもあったスタニスワフ・クウォジャンスキ(Stanislaw Klodzianski)は次のように端的に表現しました。

「モルモットもウサギも、番号をふられた囚人たちより高価なものだった。」

そうしたわけで医学的実験は、ますます広がっていきました。

私たちは、このアウシュビッツ強制収容所で真っ先にガス室大量虐殺をイメージしがちなのですが。このIGファルベンが行った犯罪。これを、あまり意識しない事が多いです。が、この強制収容所の中で最も主要な企業でした。

IGファルベンは、そうした実験が犯罪的性格をもつことをよくわかっていました。「薬」入りの小包や関連の手紙類を極秘裏にやり取りしていたことがその証明になります。多くの場合、それらは実験に携わっていた収容所の医師個人に当てて送られていました(例えばヘルトム・フェタ―Heltmut Vetter―医師は「ルテノール」や「3582」といった偽名の薬を用いた実験を行っており、1943年初めにはIGファルベンから「Be-1034」というカモフラージュ用の名を付けられた新しい薬が届けられている)。

アウシュヴィッツの「囚人」たちは、もはや人間としてではなく実験台や、ただの「もの」として扱われていたという事が分かる文章だと思います。

個人的に、私は医師達を尊敬している部分があります。なぜなら、彼らは人の命を救う事が出来る存在だからです。しかし、ここでは、人の命をただ弄んでいるだけ・・・・。正直、こういった実験がなされていると知った時、ショックでした。特に、私が尊敬していた職業分野の人達の残虐な行いなだけに・・・・。

普通に殺されるよりも、この状況って、苦痛な気もするんです。だって、この時の人間としての尊重って、ゼロなわけじゃないですか。本当に、動物やモノとして扱われているだけに、この被験者達は2度殺されてると思うんです。

まずは、身体的な「死」。
もうひとつは、精神的な「死」。

この文章を通して、私達が普段持ち得ている「アイデンティティ」や「人間としての尊重」って、本当に有り難いものだし、感謝しなければならいものなんだと感じました。

特に戦争でなくとも、災害の時の被害を見れば分かるように、被害を受け易いのは社会的な弱者、差別された人々、不利な状態に置かれた人々であり、そのような被害者はなお一層記録から漏れやすい。つまり、被害者や犠牲者の数が減る場合、そこでは、記録されにくい社会的な弱者、差別・迫害された人々、不利な状態に置かれた人々が排除される可能性が大きいのである。この点は、極めて注意すべき点である。

だからこそ、私達は社会的弱者を見捨ててはいけないと思うんです。私達が彼らを見捨てる社会を作り上げてしまったら、その社会は「無秩序」な社会になるでしょう。つまりは、平和でない、不安定な社会の出現に繋がるのです。

そして最後に。この著者だけでなく、他のアウシュビッツでの過酷な体験を過ごす事が出来た人たちに当てはまる部分だとも思うのですが。

私には信仰心もあったし、愛しても、愛されてもいました。それで私は、断固として戦い抜く意思を持てたのです。私を取り囲んでいた現実と、そてまた、自らの中に現れたものと・・・。

こんな苦しい場面で、精神的強さを保てる信仰心の強さ。こういう時に、宗教って強いな~。と、私は感じました。

衝撃を受けたシンドラーのリスト

私が大学時代に、最も衝撃を受けた映画。それが、『シンドラーのリスト』でした。あの有名なスティーヴン・スピルバーグが監督を務めた映画。当時アカデミー賞受賞までした作品なんです!

シンドラーのリスト

ユダヤ人について

あまり、「シンドラーのリスト」について語る時にスポットライトが当たらない部分に、私は注目した点がありました。それは、ユダヤ人が映画の中で富や金に執着している姿。殺されそうになっている時ですら。ユダヤ人一家で、ナチスの親衛隊が侵入してこようとした時に、その一家は自分たちの持っている宝石類を何と飲み込むのです。

当時の私からしたら、とても衝撃的な場面でした。私は、宝石や金よりもまずは自分の命を優先すると考えたからです。

また、他にも気になるシーンがありました。このお話は、決して良い人とは言えないシンドラーという商人が、ユダヤ人を救うというお話。最初は、本当に金、酒、女。というように、最低な男でした。そして、ユダヤ人に対しても何も最初は思っていませんでした。しかし、あまりにも残酷に殺されていくユダヤ人を見て行くうちに・・・・・。シンドラーの良心が突き動かされるのです。

あえて白黒にした中に映る赤い少女

この映画、白黒で撮影されているのですが。一人だけ、実はカラーになっています。と言っても、その人物の「赤いワンピース」だけなのですが。

その何ともあどけない少女が、シンドラーの目に留まるのです。そして、シンドラーはその赤い服を着た少女を何となく覚えていたのです。だからこそ。彼女が殺されて遺体となって運ばれている時。彼女の赤い服が、シンドラーを横切るのです。

もはや、遺体となっているので、少女の顔は判別出来ません。ですが、あんな小さかった彼女は、殺された。その事実が、鮮明に分かるシーンです。

これは、もはやスピルバーグ氏の表現力の高さでしょう。何気なく目に止まった少女が、次に会った時には、赤い服を身にまとった遺体となって現れる。その印象がとても色濃く残るように表現されています。

「強制収容所は実に不愉快でむごいところだ」と統率者のヒムラ―でさえ、そう口にしている。囚人は収容所に到着すると、まず所持品をすべて没収された。その後頭を剃られ、管理番号を与えられた。また、一般犯罪者、ジプシー、政治犯、同性愛者、エホバの証人の信者、反社会分子、ユダヤ人などそれぞれが識別のため、異なる色の逆三角形の印を囚人服に付けなければならなかった。

By『ヒトラー政権下の人びとと日常

もはや、人間として扱われていなかったユダヤ人像が、垣間見えますね。私にとって、この映画『シンドラーのリスト』。これは、ユダヤ人とは世界にとって何だったのか?と考えるきっかけになった映画でした。現在の若い方達には、あまり馴染みのない映画ですが。ぜひ人生に一度は見て欲しい映画です!

この2つの作品は、アウシュヴィッツ強制収容所での実体験を本・映画化した作品たちです。『夜と霧』や『アンネの日記』も有名な実話ですが、今回はそれらの王道よりも少しマイナーな作品紹介となりました。学生時代の思い出の作品たちなので、良ければ皆さんもぜひご覧になって下さいませ。